小宮山 悟(こみやま さとる) 様
野球解説者、野球評論家
芝浦工業大学柏高校から2年間の浪人生活を経て、
早稲田大学 教育学部 教育学科 体育学専修に入学。
Q:早稲田大学にご寄付をなさったきっかけを教えてください。
「早稲田にお世話になったから」というシンプルな理由です。当初、大学から母校の発展への寄与のため、寄付金をお願いできないかという話をいただきまして、私としてはむしろそうすべきことが当たり前であると考えていました。やはりワセダでの4年間がなければ、今の小宮山悟はありません。早稲田の支援体制においてOB・OGの寄付は必要不可欠だと思っていますし、そのうえで学生たちにとって必要な支援であると理解していますから、母校を思う気持ちがあれば自然に動ける。私は特にそうでした。
私は現在、野球解説者などの活動と並行して、早稲田大学野球部で特別コーチとして部員の指導にもあたっています。そのときに、口を酸っぱくして彼らに言っているんです。「卒業して何十年もたつと、必ず早稲田のすごさを実感する。その時に後悔しないよう、今、必死になれ」と。自分自身が実感しているからこそ伝えたい。今、必死になって野球に打ち込んだことが、後々必ず大きなプラスになる。早稲田大学を出ているということは、社会において一定の評価になります。そのすごさを、彼らがまた次の世代に伝えていけるようにしていく義務があると思っているんです。
Q:早稲田大学在学中はどのような学生でいらっしゃったのですか?
学生時代は野球で食べていくということは考えていませんでした。在学中は「教員資格をとり教師の道を目指す」という親との約束もありましたので、教育実習にもいきましたよ。両親は私が野球部でレギュラーになるなんて思っていなかったし、プロなんて想像もしていなかったから、学校の先生にでもなればいい、と教員免許を取ることは親と約束していてね。入学までに2年浪人してしまい、親にかなり迷惑をかけましたから、堅実な道を歩もうとしていたんでしょう。私自身も野球については、教員になってから高校野球の指導者として続けられればいいという考えがありました。するとロッテが1位で指名しますと宣言してくれたので、プロへと進んだのです。
Q:現役プロ野球選手時代に大学院生としてもスポーツ科学の研究に取り組まれておられました。当時、なぜ大学院へ進もうとお考えになられたのですか?
「セカンドキャリアを考えていたのですか?」とか「プロとして科学的に野球を極めようと思っていたのですか?」などと好意的な解釈をいろいろといただくのですが、本人としては、「野球をしたいのにできない状況になっていたから」としか言えません(笑)。要は時間ができたわけなので、野球を別の角度から見つめなおすために、大学院という場で学ぶ機会を得られないかと模索していたのです。
もちろん、日常は仕事をしながらですし、球界復帰も視野に入れていましたので、どっぷりと学問だけに没頭するということは現実的ではありません。そんな悶々と悩んでいた最中、高校時代からご縁があった早稲田大学野球部の先輩が親身になってくださり、多角的なアドバイスをいただきました。大学院生という形ではないけれども、それに近い立場で研究室に入れるようにしてくれたのです。さらに研究室での指導教員が、アスリートを非常にリスペクトしてくださる方で、厳しく、かつ温かく研究活動を見守ってくれました。早稲田に大学院スポーツ科学研究科ができる前のことですから、一般学生とは異なる形で大学院人間科学研究科に科目等履修生(聴講生)として籍を置き、正式に大学院スポーツ科学研究科が開設後に、それまで取得した単位を振り替えるという方法も含めて、サポートしていただきました。
Q:野球を科学的に鑑みて、野球観に変化はありましたか?
どのような学問領域だったかというと、基本的に身体科学を研究している研究室のメンバーが学んでいるところに、野球というフィルターをかぶせて、何か科学的に野球というスポーツを見つめることができないかと模索していたため、領域としては漠然としていたかもしれません。何しろ、ここの研究者たちが対象にしているのは、身体の特定部位の研究です。その中で私は、彼らの話を聞きながら、その理論を野球に照らし合わせると、どのようなメカニズム解析が行えるだろうかということを考え、彼らに野球人としての立場から情報や考えをフィードバックしていったのです。
例えば「早いボールを投げるにはどうしたらいいんだろう?」という謎があったとします。答えは単純で、速い球を投げられるフォームを作り、バネを生かし、速球を繰り出せるメカニズムで体を動かしていけばいい。ところが、同じ145キロの速球を投げたとしても「1回の表で投げた145キロのストレートと、5回の表で投げた145キロのストレートで違いが出る」という結果が出ているのです。この答えは、「目が慣れるから」だと考えられているのですね。だから同じ速さでも、同一の速さとは思えなくなってしまうのではないか。そのようなやりとりを専門家としていました。野球だけをしていたころには、そんな見方をしたことがなかったので、こうした日々のやり取りはまさに目からうろこが落ちる思いでしたね。
Q:最後に、今後の早稲田大学に期待したいことをお聞かせください。
教育面に焦点を当てると、卒業していった人たちが今の学生のためにという意識を形にすることは、非常に現役学生のためになると思います。早稲田と提携関係にある、アメリカの南カリフォルニア大学では、野球チームのために驚くほど豪華な施設を準備しています。早稲田の施設も国内規模で言えば非常にハイグレードなものであることは間違いありませんが、日本で最も名前が通った大学野球部を自負するならば、もっと改善すべきところはあると思います。
教育上のバックアップ、そして改良点のフォローアップのために寄付金が使われていくと同時に、卒業生たちが常に「今の学生のために」という意識を持っておくことが重要です。現役時代に受けた恩を、次世代に返していこうと考えられる卒業生を一人でも多く育てていきたいですね。学生たちにとっては、今、当たり前のように学んでいる学び舎から、大勢の人たちが巣立ち、社会に貢献している人たちが出ているという事実を知ってもらいたい。同様に、日本の力になれるような人材を多く早稲田から排出してほしいと願っています。実際に、過去にも日本を支えてきた人たちが大勢早稲田を卒業してきました。それに続く人材を継続的に育ててほしいのです。だからこそ早稲田で学んだという稲門の誉れのようなものを、実社会でも感じられることになるのですから。