阿川 功 様


阿川 功(あがわ いさお) 様
阿川事務所グループ(司法書士法人・土地家屋調査士法人等)代表
早稲田大学社会科学部稲門会代表

島根県出身。1970年、早稲田大学社会科学部を第一期生として卒業。阿川事務所グループの代表を務める一方で、早稲田大学社会科学部稲門会の代表(1994-現在)、校友会役員(1994-2012)、商議員(2008-2016)を歴任。自身が発起人の1人となり設立された「社会科学部卒業生奨学基金」には、5,820万円(2012年12月末時点)の寄付金が寄せられており、経済的支援を必要とし、かつ向学心に燃える社会科学部の学生に奨学金が給付されている。
2013.02更新

Q:阿川様は学生時代をどのように過ごされたのでしょうか。

私が中学へ入学した年に、60年安保闘争が起きました。私の生まれ故郷である島根県出雲市は、保守的な土地柄だったこともあり、大学生や大学の先生などの知識人が「安保反対」を掲げてデモに参加する姿に、私は大きな衝撃を受けました。子供心にデモは悪いことのように思っていたからです。同時に、社会に対する眼が開け、社会への関心が大きく高まりました。ただ、私は農家の長男でしたから、幼い頃より「お前は農学部に行って農業を継ぐように」と父親からも言われており、自分自身もそうするものだと思っていました。しかし、中学時代に受けた衝撃が消えることはなく、いつしか「東京の大学で勉強したい」との思いが湧き、早稲田大学の社会科学部(以下、社学)で学ぶことを決意したのです。
私は昭和41年に入学したのですが、大学紛争のため、レポートだけで卒業できる学部も多かったなか、社学は授業も試験もありました。ですから私も、家庭教師などのアルバイトの時間以外は、もっぱら図書館で本を読んでいました。中学、高校と「剣道部」にいたので、あまり本も読まず勉強もしなかった反動でしょう。大学の授業は、私にとっては何もかもが新鮮で面白く、まず休むことはありませんでした。大学4年間において休んだのは、やむを得ない事情による体育の実技など3、4コマぐらいです。
一応その成果もあり、大学2年から4年まで、大隈奨学金をいただいたお陰で、授業料を納めたのは初年度だけでした。貧乏学生でしたから、本当に有り難いことでした。そのときの感謝の思いが、現在の社会科学部稲門会を通じての奨学金事業に繋がっていることは言うまでもありません。


Q:早稲田大学へのご支援を始めるにあたっては、何かきっかけになるような出来事があったのでしょうか。

学生時代から続いていたご縁のなかに、早稲田大学の職員の方がいらっしゃって、卒業後25年目のホームカミングデーの前年にお会いする機会がありました。そのときに、「来年のホームカミングデーに向けて何名か集めるから、君も社学のために何かやったらどうだ」という話があったのです。それを機に、社学卒で職員になった友人も含め、5、6名の有志が集いました。「学生時代は貧乏だったけれど、今は衣食足りているわけだし何かやろう」ということになり、協議を重ねた結果、奨学金事業にたどりつきました。
多くの人のお世話になったお陰で、今の自分があるのですから、今度は何らかの形でお返ししようと思い、また、言い出した本人ということもあり、奨学金の責任者は私が引き受けました。どうしたら集まるのかを考えた結果、ダイレクトメールで寄付のお願いをするだけでは不十分、電話をかけて直々にお願いをしようとの結論にいたりました。それで、7、8人で手分けをし、全員に電話をしたのです。私も7、80人に電話をしました。そうして初年度に集まったのが約380万円です。実は、現在もなお卒業生からの寄付額は、この初年度の額が最高ですので、今後また、あらためて力を入れていきたいと考えております。


Q:早稲田大学では「Waseda Vision 150」を策定し、その中心となる戦略として「グローバル人材」の育成を掲げていますが、阿川様がお考えになるグローバル人材を教えていただけますか?また、日本のみならず世界に貢献し続ける早稲田大学として、早稲田大学が担っていくべき役割というのはどのようなものだとお考えでしょうか。

やはり英語力は不可欠だと思います。そして、20代の早いうちに実際に海外に出ていただきたいです。1年間ぐらいは海外での体験をすべきです。外から眺めることで、より深く日本を理解することにもなるはずです。
特に、これから当面はアジアの時代ですから、ASEAN諸国を自らの足で歩き、自らの目で見て、そこに住む人々と交流をしてほしいと思います。ASEAN諸国の中には、この先10年、20年の間に大きく成長を遂げていく国が多数あります。その変化を、テレビのニュースや教科書で知るのではなく、身をもって感じ、理解していただきたいですね。国が違えば、当然の事ながら、歴史も文化も異なります。しかし、互いの信頼を軸とした人間関係の大切さについては、どの国においても同じです。そうしたことを、実体験として積むことで、真のグローバル人材に近づいていけるのではないでしょうか。
早稲田大学は、やはり日本固有の歴史や文化を大事にしながら、海外の大学とも対等に付き合える大学であってほしいですね。学問も国家と同じで、互いに良い影響を与え合いながら、発展していくのだと思いますが、「日本らしさ」は忘れないでいただきたいです。また早稲田らしく「覇者覇者早稲田」の精神で、突き進んで行く存在であってほしいと思います。


Q:阿川様が代表を勤められていらっしゃいます社会科学部稲門会の活動内容や実績、または理念についてもお話しいただけますでしょうか。

私は、「社学稲門会=社学の応援団」だと認識しています。社会にとって有意義な人材がひとりでも多く社学から出てほしいと思っているのです。それは、必ずしも社会におけるリーダー的存在ばかりではありません。たとえば、草の根のように地域に根を張り、地域のために本気で活動をするような、そんな人材も社学から出てほしいと思っています。
活動の内容としては、年に1度の稲門祭、ホームカミングデー当日の合同クラス会の開催、それと毎月の定例会の開催です。定例会には、できるだけ多くの卒業生に来ていただきたいと考えています。現在のところ、毎月30名ほどが集まるのですが、20代・30代の方が必ず数人はいます。20代から60代まで、バランス良く出席してくださることは、非常に有り難いことです。定例会の主な目的は親睦を深めることですが、出席していただいた皆さんに、「出席して良かった」と思ってもらうことが、重要であると考えています。ですから、親睦を深めながらも、「相互啓発」の場所であるべきだと思っていますし、なんらかの形で互いの仕事につながるなど「相互扶助」の場所になれるのだとしたら、さらに喜ばしいことです。そして最終的には、「相互繁栄」。そんな理念を持って、毎月の定例会を開いています。


Q:阿川様は、早稲田大学の卒業生たちが、どのような形で社会貢献していくことを望まれているのでしょうか。また、早稲田大学の現役の学生たちに向けたメッセージがあればお聞かせください。

人それぞれ、自分なりの生き方や価値観を持っているのですから、まずは自分が一番やりたいことをやればいいと思います。そして、その一番やりたいことを通じて得たものの一部を、社会に還元していけばそれでいいと思います。人間はそもそも自分中心ですから、8割9割は自分のためでいいと思います。ただ、40歳を過ぎたら、せめて1割くらいは利他的なことも考えて行動できるようになれたらすばらしいと思います。社会貢献には多様な形があります。分かりやすい寄付という形もあれば、肉体を使ってのボランティア活動のような形もありますし、ときには知恵を出すこと自体が社会貢献につながることもあります。
大学の評価は卒業生や研究者への評価によるところが大きいかもしれませんが、現役の学生も卒業生も、一人ひとりが自分のやりたいことに対して全力で取り組めば、自ずと大学への評価も高まるでしょうし、社会貢献にもつながっていくものと思います。特に、現役学生の皆さんにおいては、4年間を漫然と過ごさず何かに打ち込んでいただきたいと思います。ここ数年「社会科学部卒業生奨学金」をもらった奨学生と、毎年、食事をしながら懇談していますが、皆すばらしい学生達です。いい学生を選考していただいたと感謝しています。彼らの今後が実に楽しみです。